ブラックオニキス・マン182

 

どんな仕事でも、人には言えない苦労が有る。外からは見えにくい苦労だ。66歳にもなって、常識の範疇にいない母は、60代を生きにくいと感じたことも多かっただろう。その内訳がみんなもある程度わかるし、想像も付くだろう。年を重ねて年輪を刻むことが老練に関与だとすれば、誰しも望むのは美しい老後だ。人様に後ろ指を指されず、悠々自適に生活がしたい。大方は、その線を思い浮かべる。しかし母のように、破天荒を人生で目一杯やった人間には、辛辣な現実がそそり立つのも当然と言えば当然で、百歩下がって、みなと同調していく路線を最終的に選んだ母だ。この辺がやはり、現実志向だ。みんなが思い描いた未来へひとっ飛びとは行かない。それが紆余曲折の人生航路だしそれを選んだのは、他ならぬ母自身だ。今の境遇は烏賊の塩辛よりも、塩辛いって母は思うだろうし、僕たちは傍観者でいるしかない。新年になってすぐ、昂ぶっていた母の心だったが、今は、自転車屋の前に預けられた一台の古い自転車のパンクした車輪のように屈み込んでいる。修理代すら、払えないから、誰もその自転車を引き取らない。御用なしで朽ち果てていく母であってもみんなが聞きたいのは、母のほざきだろう。なんで、この年になっても、頭の中が五歳児なのか、その謎だけでもさすがに、説いて欲しかった。