イエローダイヤ・マン

 僕は早朝勤務の3時間を終えて、昼1時(13時)から夕方5時(17時)までの勤務のために自宅で待機している。オーナーのデスクにメモを残して帰宅した。二回出て来るのは大変だから、ロングなら、助かります…と。齢70年、病気に罹ったことはないのだが、足腰は、弱い。往復の距離は徒歩で1、7キロある。それを二回はしんどい。しかも、長崎は雨。車は単独の場合、使えず、家族は運転を禁じている。ところでビッグなニュースだ!!27日からセブンゲリラは始まる💓27日はささみ揚げが108円。28日は、アメリカンドッグが108円、29日は麗しのカレーパンが108円だ。

一番辛い失恋。

 人生で最も辛いのは失恋だ。生きて行く意味を失くしてしまうくらい、落ち込むが、そこから、立ち直るたび、さらに強くなる。ほなら行こうかあ💓恋愛に 打ちのめさるも かろうじて 心神喪失から 蘇るかな(最初から強い人はいない。経験が人を強くしていく)

退職あとに、記す無職の2文字。

 それは大変な辛さだと話してくれた亡夫。2文字、無職が、うしろめたい。それを詠むのも、味がある。なぜなら、40年も正社員を務め無職を書かざるを得ない立場、まっこと、切なかろう。しかし、それは、門出にも、相当しまいか?今後をクリアするためにも、詠んでおく大事さはある。ほなら行こうかあ💓厚顔に 鞭打ち絶えず 記す人 無職であるの 新境地かな(やはり、ちょこまか動かないと人生は開かん)

短歌とは違う破天荒舞。

 狂歌にはおかしみがある。短歌にはないスケールがある。ほなら行こうかあ💓間違った 先輩風を 吹かせても 彼は迷わず ついて来るかな(どんなことがあろうとも、彼は俺のあとをついて来る)

先輩じゃなく、半先輩やった。

 県立長崎東高校には、わては、一年しか通わず日大高校へ転校したことを、彼に話して謝った。ずっと彼の先輩ズラをしていた。しかし、爽やかな笑顔に彼はなり、今話してくれたから、いいじゃない、良かった!と快諾された。二年に上がれず、転校か、留年かで、どちらかを選ばないといけない苦しい立場だったことをざっくばらんに話したら、彼も話して下さった。東高のアルバムを貸したまま、返してもらえなかった過去があったと言う。予備校時代、親友に貸したけど、その彼が急死され、アルバムを返してもらうどころじゃなくなったらしい。そんな、大事な卒業アルバムについて…私も、彼の話を聞きながら、いろんな人生があることに内心びっくりしていた。彼は私より11歳下。当時は東高校には一学年に11クラスあったらしい。

誰も老婆を幸せにしたいとは考えてない。

 わても、せいせいした。サニーで購入した日本で一番でかい、ポテトチップスしあわせバタ〜今朝、こじ開けて食べているとき、わかった。誰かひとりでも、わてのことを、心配したり、愛していたら、それ以上の幸せはないが、全く、違う事実と対峙してる。しわと汗や。わてにはそれが、追い駆けて来てる。この辛辣な現実を詠みたい。ほなら行こうかあ💓おもむろに しあわせバタ〜 こじ開けて 皺と汗とを 存分に味わう(幸せなんかじゃない、しわと汗や!!)