Ss221

 僕が出来ることはやっぱりスポーツに関与していて自転車に関しては玄人はだし。しかしそれ以外、特別に秀でる点はない。みんなが熟練者になっている社会だ。この分野ではこの人物とか、一応の認識旗は立てられて今日あると思う。僕が思うのは車を運転している人間たちの馬鹿さ加減だ。健康の為にちっとも役に立ってないのに、たったそこまで行くのに車を出し音楽もガンガン鳴らす。頭がアブノーマル化しているのかも?って思う。この前、姉の家に行った時もちょうど土曜日で寿司バイキングに行かなきゃあ!!と姉は僕を置いてさっさか家を出る。エンジンを掛ける。僕はその位の距離、徒歩でなぜ行かないの?とは思うものの、他の家のことに介入しても?って言わない。しかし釈然としているのはこれだけの距離、1キロ未満を車で行くという反ナチュラル感覚だ。その点、病になって買い物には自分では行けなくなった義兄は立派だった。大根二本抱えて、両手レジ袋で家に帰る姿を僕は何度も見た。寿司バイキングの買い出しも徒歩。さすがに10キロの米の安売りの時だけは車で来ていた。450メートルしかないダイレックスくらい徒歩で行きなさい!!っていう苦言を姉に呈したというから相当のハングリー精神だと固唾を飲み込む。僕は車が買えない。だからそれこそやっかみだろうとは思う。自分の中で高級車をかっ飛ばしたい願望はある。どこかにあるを否定しない。しかしながらそれは叶わないからこそ、輝く。買えないイクオールくやしさではない境地を、僕は還暦前に見つけたと言っても過言ではない。姉が僕にも寿司を買って来るのは分かっていた。その前に僕はお暇〔いとま〕して居なくなった。