Ss175

 正直に言おう。僕は姉の伴侶と基本的に合わない。すぐさま僕を見ると、しょうちゃん、仕事はちゃんとしているの?ってそればかりに固執して嫌になってしまう。僕自体が、辟易とする。僕の顔を見たらすぐさまその文言なら、阿無弥陀仏と同位でそれは波あぶ陀仏に変換されて僕には永遠に届かない。僕の心に届くのは他の話題だということになぜ、義兄は気が付かなかったのだろう。確かに勤勉だった義兄だ。そこをひっくり返せない僕の被害妄想的な心の病が起こす企みとは思うが、しかし僕も生身の人間で、そこがより大切だ。働くことは確かに生活を安定させ社会的にも見栄えはする。自力で人生を切り開いていく原資となるものだろう。しかしそれのみだろうか?僕はフリーランサーにも意見を言える権利は存在すると思っている。一銭の金も生みださない人間は税金さえ支払えない。しかしだからといって一足飛びに物が言えない人間に格下げだろうか?僕は世の中が全員、義兄のギアを握っているとは到底思い難い。それを立証してくれるのが六歳上の姉では?と一縷の望みも持っている。捨てられないアルバム帖の中で姉だけが不憫で、そして僕も同位に輝いてはいない。このままでは廃れて死んでいくだけだ。もしかしたらこのツインこそが不変のチョンガリズムではないだろうか?結婚していても結婚していなくとも孤独な人間の呟き・・・。チョンボ〔ルール違反〕とは別格である。