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 僕が最も姉を羨ましいとするのは母との蜜月六年間を過ごしたことで、姉が幼稚園の年長時、僕は長崎の住吉にある福居産婦人科で生まれる。和田家の長男として僕は認めを受ける。祖母になる人の兄は矢上の村長を務めた人物。そこを思えば僕はどれ程の家に生まれてきたか、しかも姉が今をときめくブロガーなのだ。実際に姉の足元にも及ばない僕。しかし今はまだ姉には知名度はない。だからこそ、僕の存在が行き渡るというものだろう。僕の代弁をなぜ、姉が受け持ったかそこは解らない。詳細は不明だが、姉は、若い頃から貧富の差異を埋めることが出来れば世の中が安泰になるのでは?を思っていた方。僕のホームレス生活にも注目していたし、伯母の家で一緒になることは伯母が健在の頃は何度かあった。2013年四月に伯母も他界する。リュックを背負って僕は伯母の家の傷んだ場所を修理しては冷蔵庫の中にあるものをごっそり頂いていた。金も二千円は頂く。しかし一緒にそこで居合わせた姉には一万円を伯母は渡してやるといった調子だった。僕が独楽ネズミのように這いずり回って二千円ゲットするのに対して五人の子供を育てていた姉にはそこにいるだけで、訪問して来ただけで一万円。僕は家庭を持つことは日本という国に貢献している旨を伯母の口から耳にする。容子ちゃんは偉いのよ??って。今の僕にはそれがやっと理解が出来る。