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 松本清張の素晴らしい点は、月日が経過しても不変の憎悪や差別を描き切った点だろう。この《顔》の主人公が女優になることにご執心なのは理解出来るとしても、少々飲み込めない点もある。こう発言しているのだ。私には価値がある、それをわかって貰いたいって....。女優になることは当時も厳しい道のりだったろう。どさくさに紛れてどこかに有利な点があったとでも言うのだろうか?しかしそこまで言及するのもおかしい。これはフィクションだからだ。女性固有の思いに僕は立ち止まる。私には価値があってそれを多くの人々に分からせる。黙って聞いていても、いけしゃーしゃーとよくも言えたもんだと僕でも驚く。しかしこれは男性にもある心象。僕はこんな場所で燻っている人間じゃあ、そもそもないんだ....。むしろ男の方が憤りは激しくリアル現実に近いかもしれない。清張は、こうして我々を自惚れのミステリーにいざない、そして、人間の価値とは何??詰まる処なんだんだ??にまで到達させる。ひとりの田舎出女子の大層な夢が、見事、サイテーの男によって崩されていっても、彼女は一瞬だが、大女優の切符を手に入れる。眼の前には刑事たちが立ちはだかっている。それに気が付いた時、手にはすでに青酸カリが準備されている。壮絶では済まされない、価値の終着駅がそこにはあって、清張の掛けた罠に我々がすっかり捕獲されていることに唖然とする。