二投目のイエスタエッセイにキャロルが是非したためたいのは家というスタイルがキャロルから突然消えたことなんだ・・・。これには自分でも驚いた。家はもともと家族が寄り添う団らんだったはず。しかしキャロルが飛び立つことが肝心だ!!ってとっさに思った。なぜなんだろう。詳しい分析よりなにより重要なのは観念のなせる技かも?って総合するんだ。人は誰も自身に潮時というものを包括していて誰がそれを動かしたっていう人ではなく自然なんだよね。自分があるべきはこの一泊二千八百円の寝床でインターネットが常設のお部屋でこれ以上も以下もないってこと。いつかはこのチャレンジが間違いなかったっていう自信あるし今迷いがあるとすればシゲルちゃんに対してなんだ。彼に申し訳なかった。しかしキャロルはもう十分に頑張ったって自分に申し訳出来るんだ。あとは胃の検査とか彼が絶対に譲らない今月の分を消化しないといけないっていう役割。ひとりで勝手に決めたって言われるかもしれないけど帰宅して話し合う。ディスカッションは大事だもの。彼の意見も受け容れられる部分は尊重したいし自分勝手や事後承諾しようとは思っていない。