アクアマリン・マン

 

このコーナーはとアラセブ日記だけは番号札は必要ないけど、他にはやはりつけないといけないことがようやくわかった容子だ。面倒臭いが一番いやな性格の一端を示している。しかし気がついたら行動は迅速で今朝のうちに番号のなかったアディショナルタイムを編集した。驚くべきは容子の変容で、みんなとがっちりスクラムを組むにも、やはりコンビニでは限界があることを悟り、萎えそうになって日曜日からの執筆数は落ちまくりだった。一日に七ブログは行きたい。そこを外してないことが作家の本領発揮にも関与する。人間容子がようやくお目見えする。許そうと百歩譲ったが、相手はそこにも付け込み、容子の排除に向かっている。仲間たちを取り込み、容子が悲しむ顔を見たいがための攻撃だ。お金をまったく持ってない容子はこころ細いに違いない。まったく軍資金もなしで戦える?普通の人間なら、世の中を変えることは無理なんだな・・って諦めるところだ。しかし僕がそうではなかったように容子も同様に戦うだろう。僕はいいお手本をあやつに見せたと思う。銀行から全面排除に近かった。あのときは切なくて自分を呪ったが、信念を曲げたことは一回もなかった。そのさまを見て容子は学んだのだ。堪えるということは口でいうほど、易しい行為ではない。容子の優しさが仇になってここまでいじめは大きく成長してしまった。厳しい毅然とした態度で臨むしかない。