アクアマリン・マン97

 

5月は何かと出費が嵩む月で車の税金が待ち受ける。不意の出費ではもっとも大きなものだが、不意の・・・なんて言ったらたぶん叱られる。もっとも大事な項目と言い換えたほうがいいだろう。人間的にまったく箸にも棒にもかからなかった容子が人として、ようやくみんなの前に現れようと、画策しながら、もがいている姿が新鮮味にあふれていて僕は言葉にならないくらい感動している。僕の死の床での無念をわかっていた点で恐ろしいやつだと観念した。確かに僕は妻の成就を心待ちにしていた。結婚を継続して決して諦めなかったのも成就を思い描いてきたからだ。しかし無骨な容子によもや達成など無理からく・・・と諦めが先行していたことは今だから言える。あの頃それを口に出せるほど、無神経な僕ではなかった。諦める・・が今朝のキーワードだ。追いかけて追いかけてすがりつきたいの!!あの歌詞を少女時代に頭に叩き込んだことが今の容子のエネルギーに関与しているのでは?と僕はザ・ピーナッツの歌を例に挙げたい。あの曲がもし・・・なかったら?恋愛で傷ついた人々は露頭に迷ったことだろう。しかし諦めるっていう手を、見えないけれど、差し出して、そこまで夢中になってあなたは本望ですね、僕にはわかりますよ!!っていう傍観者たちからの熱いメッセージではなかったか?と今思える。容子は小学生でも意味がわかっていた。好きになったらここまで人は熱くなる・・・なれるという人間の猛威である。