西🏝姫瑠のアディショナルタイム(163)

 

隠さなけれならない・・ってとっさに思うときって、おそらくあたしの場合は、こう推定します。その人物は現れては困るんだ・・・っていう現実の脅威。それは人とはちょっと違っていた・・っていう角度でいいと思います。日本人は特にこの傾向を持っています。一律を崩す者の到来を避けたい、出来るなら、吊るしあげたい。逆に言えば、吊るし上げないまでも消したい・・・私はその槍で一回倒された人間です。書くことなんかもう出来ない・・・っていう境地でのんびり余生を暮らしていければいいな・・・私の存在なんて、このクニには必要ないらしいって。執筆意欲そのものが無くなるきっかけは投稿文章を、そのまま新聞社からファクスで戻されたからです。新聞ってこんなこと、するんだ。悲しくはなりませんでした。自分もここまで誠意を尽くして書いて来て、合わないと痛感したこともある。彼らの手法をあたしは取り入れる気持ちも起きませんでした。書くことから、長い間遠ざかって、あたしは自分の文章は未熟だったから・・ってそう解釈に至っていたときです。はてなとインターネットカフェ、ポパイで知り合う。博多バスステーションの近隣でした。父は、容子さんの鬼門は博多だよ・・って豪語するほどの予言者でしたが、今聞いてみんな、驚くでしょう。鬼門どころかあたしは文章との再びの出会いを果たしていたんです。