アクアマリン・マン51

成功する方程式はパターン化しないと明細はわからない。これまでこの国に存在していたマニュアル的なその先にある大成功がでんとして構えているのと比較して、容子の案は凄くフレッシュでそのジュースの根源は?っていうと日々の失敗であり失態。こんなことが、果たして許されるのか?っていう位、完璧主義の僕には嫌悪感が先に走っていく。しかし黄泉の国へ行き僕の立場が大幅縮小に変更されてしまう。選択肢はない。静観しか選べない。ただ、見ているだけ・・・それでは何も出来ないじゃないか?ってみんなが訝るかもしれない。見ているだけの僕から信号を実は送れるのだ。青ならタイムリーヒットでゴー、赤なら代打、そして黄色ならゴロゴー。これは交通信号ではないから黄色でも走る。黄色には日本の未来がある。なんでかな?って思ったら深夜の信号機だ。確かに信号の役目は果たしてはいるけど、皆が信号が青になるのを、ずっと、待っているわけではない。車が滅多に通過がないからいないときを見ながら、渡っていく。そのときどきで随分変わることを容子は、小学生の安全を守る朝の歩哨活動で経験したという。同じ場所の信号でも、夜の風景はまったく違う。青になるまでじっと待つ必要はない深夜と、そして、朝の煩雑な時間帯。ここでは信号はしっかり役目と存在感を占めている。容子の中でストリームが今、巻き起こっている。誰も自分には靡かなくてもいい。ひとりで充分し・あ・わ・せ♬イマフウのシルバーヘアで闊歩しているからだろう。誰に頭を下げるでもなく、頼み込むこともなく、そういう世界枠を奪取出来たのも、運の風上志向の成せる業である。