デニム・ブルーママン14の21

 14歳から15歳の多感な時期をバレーボールに没頭することで精神的な極みを会得したことが後年、どんな形で現れるか、私もひとりの元教師として見ながら伴走していたことは言える。しかしあくまでも勉学はストップしている関係上、不安もないと言えば嘘になる。中体連が終わってそこでの結果を吟味し、自分なりに頑張っていくとの弁明。勉学の部位での説明をお茶の子さいさいで話すことが通常になって、それでも夫の方がかなり心配していたことが目に浮かびます。本来は女子高でも良いはずを夫は必ず公立高校を受けて欲しい!!を日頃か強く提示し打診していたのです。私は、夫の考え方に若干の不賛成も禁じ得なかったこと。彼の構想は理解出来ます。容子に教師の道を説いていたのです。それなら、気質を充分に活かせる・・って。しかし当の容子にその欠片は見えなかったのです。私は自由の申し子・・・とまでは言いませんが、その時、直感していることを優先していく構えでいたようです。どんなに疲れていてもチームの中で輝く存在でいるためには?精進していなければならない・・・それは過酷ではあっても自分が楽になる方程式でもあったのです。一日休めばすべてが弛む。それを免れない。芸術の仕事にもそれが貫通していることは今ようやくみんなにもガラス張りになり、視界も見え易くなっていますね。精進は太いキーワードでそれを続行する為には自分を信じることが第一項目。実力はそのつど、身についていく・・・と。淡い希望が後押ししていました。サーブがある限り、自分は優位に立てる。この辺の手応えを得た上で、人生での成就の方法にも関与していくのでしょう。