あの子の猛省、そして人を傷つけてしまったことによる憔悴、心の中が丸見えであったことが幸運でした。私には見当がついてたし、もっとこれからは慎重に行動しなければ・・・が容子の根本にあったのは好材料だった。しかし真逆もしかり。あの子が対人関係でもっとも大事なことにも同時に気が付き善処を自分の中で行っている最中だったこと・・・それはイイ作用。それなのに全部ぶち壊してしまわないか?リスク含みだったのです。例えば、近所や身うちとは常に交流してないと、いざとなったら悪い方へ展開してしまうという恐ろしいリスクです。お互いの手の内を知り、みんなと平等に交流出来るが根底にあれば修羅場も迎えない。この安全志向を構築している段階で私が?勇気の要る場面でした。しかしルールがないとしまいに、あの子は階下で寝てしまう?自分の居場所として選んでしまうという危険性もあったのです。私は封建の名のもとにあの子がぐーすかと鼾をかき、眠りこけてしまうことは良しとはしなかった。あの子が誰とも築くことが出来なかった親睦を、まさかのまさか、義母たちを構築していくことだけは避けないと・・・私は、その時、堅く自分に約束を敷くのです。あの子にはもはや勉学の強制はしない。しかし交流する人間は母親の自分が決める・・・と。