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 世間一般でいう処の僕はいい父親ではなかった。正直過ぎた・・・。なさぬ仲の子供達ふたりのことを芯から好きになれず、僕ははっきりある日、こう発言する。彼らは小学校高学年と三年生だった。僕はどんなに一緒に暮らしても、自分の本当の子供の方が好き。だからそこは分かっておくように・・・って。僕はシビア過ぎた。父親の資格もない。世帯を僕と持ったあとで出来た子供三人を溺愛。しかしその中の真ん中を特に厳しく育成。誰にも負けない位の厳しさは、なさぬ仲のふたりよりもある時はてんこ盛で、一体なんで??ってみんなが思うくらい。しかしそれが段々効を奏じていく。なぜならあまりに可愛がり過ぎると子供はダメになる・・・。しかし、厳しく、まるであの照強が手一杯に盛る時の塩のように、大盛の手塩にかけて揉まれると、その子は大成への道のりをおのずと歩くようになっていく。僕のご免なさい!!でもあった。ひとりくらいは彼らよりも素っ気なく、切なく、冷たく・・・それがモットーだった。そうしないといけない!!っという直感だった。なさぬ仲だが長女はこう言ってくれた。僕が亡くなる半年前。お父さんは正直だからそこがとっても好きだった・・・って。金言とはこういうものではないだろうか?正直に生き過ぎると軋轢を生む。しかしそれを死ぬまで全う出来た僕こそ果報者と言える。