僕の出番が十月一日から消滅で幾分は寂しいけれど肩の荷も下りたなってのはある。落ちこぼれの烙印をようやく箱の中に納めることが出来る。そんな褒められないことをいつまでも引っ張ることは良くない。しかし当初は嬉しかった。僕の気持ちを代弁出来る姉の役割。それは弁護士の立場に似ている。文学者とはいえ、仲介していることに相違はなかろう。あんな悲惨なことを高校時にされて、まともではありえない。しかし僕はある意味恵まれていた。そういう苦境を世間に伝える姉が存在したことだ。すこぶる伝令のような役割であったろう。伯母も常に僕達を上から目線で見降ろし、札束で僕らの顔をぶん殴る。しかし姉も僕もその重圧に耐えて来た。この経緯こそが落ち零れの歴史を如実に表している。なぜなら札束で叩かれるっていうのは滅多に起らない。相手は僕らをものにしたくて、一丁前にしたくて発破をかけてくれている。それなのに金だけ頂き結果も出せなくて伯母に対してもそして両親に対しても申し訳なかったを今は思うのみだ。しかし徐々に姉の読者層は増えている。PV数には決して現れない読者がいる。これはマカ不思議な兆候だ。符合論を持つ姉の哲学者の部位になるだけに外せない。未来に起こることはすでに決定済み?僕らがどうこう出来るものではない。てこでも動かないものこそが符合論の言質〔げんち〕だろう。