am127

 僕はダンシャリ派だ。なんでもかんでも捨てるというパターンではなく、ダンシャリの精神には大事なものは残しなさい!!はあると思う。これからもしも三か月内に使用予定があるのなら?捨てなくていいのよ?は名人から聞いたことがある。しかし原稿はまた別個のものだと僕は認識する。子供の落書きでも捨てない。良識ある親ならそうだ。ましてや、大人が毎日精魂込めてしたためたもの・・・捨てる余地などないと僕は分類する。今の世界は殺伐として大事なものが失われているってそう思うのなら、僕は各人が心の配置転換することで善処へ向かうと疑わない。みんな・・・何が大事で何がほっとらかしにしてもいいか位は解っている。優先順位だ。何が大事かは、各人違う。今、どうしてもそこが見えない人々の為に、容子はひとまず、捨てずにとっておいた。保管しておいた。西暦1998年から2003年の新聞投稿エッセイ集だ。容子はこれがなぜ、ことの他、大事だとそう踏んだのだろう。作家の勘だろう。ギャンブルスタート?それとも女性書き手としての執念?僕の金銭はこれから生きるかもしれない。この年間は千年に一回しか人類には訪れない、千年代から二千年代へ移行時の文章だからだ。僕がマージャンで名誉を失ったのはこの1999年の夜から2000年、ミレニアムへ行く時間帯だった。