長女が来て、あの時に大喧嘩して、それが良かったんだってパラノーマシゲコは分析する。妻は何もかも自分が言いたい事をすべて吐き出してしまった。確かに傷つけてしまったけど、家族の寛容の凄さ・・・。恐れ入るっていう消えてはならないニッポン語だよね。恐れ入るのは、キャロルを支える人間達の寛容の底力だ。それによって今・・・許された。確かに鬼畜なんて駄目な、言ってはならない言葉だけど、あの弟なら、ケって笑って済ます。その力量がある。だって、彼こそ自分を凡人ではないと思っているから。姉貴の家族の言ったことは、しゃあない。これからは、弟も考えないといけない。いつまでも孤高の人でいるわけにはいかない。たぶんこれは彼が一番わかっている。自分だけの世界で収まる人間ではないし、とっても惜しい。その厭世主義の全貌を人々が知ったなら、恐らく胆を冷やすし、そんじょそこらの人物ではなかったな・・・と逆転評価される。人生では融合もキーワードだ。自分の世界に人が入ってくることを拒んでいては成り立たない。そしてすべての音楽感性を受け容れてきたニッポンこそが、平和の使者国たる様相が濃い。演歌、ムードミュージック、ボサノバ、バラード、ジャズ、ポップス、そしてヒップホップ。これらを全部呑んできた土壌なら、アラブ音楽、インド音楽、中国やイスラムだって大丈夫。音楽震撼が世界平和への序曲でありキーワードだ。