サファイア・マン《緻密な男編》〔185〕伯母が指摘するように、ようちゃんはアンテナを張り巡らして、当時、父の様子を観察してはいたんですが、この年度頃から急激に京都へ行く回数は増えていって、仕舞いには、いつかは本を上梓したいなあって、本心を吐露することもあったのです。現世のどんな事象にも増して素晴らしいのは南無阿弥陀仏。どうやらその六文字に嵌まっていく父の動静を、伯母はひとつ上の姉の目線だけではなく、いい趣味を見い出している弟とは言えまいか?って。もちろん母など全く夫の変化を好みません。いい趣味を持って邁進している!!っていう姉の評価が父は嬉しかったのでしょう。向学心に燃えていたのです。ようちゃんには、題材として真っ先に家庭が挙がっていてこれは謙虚な題材で誰の目から見ても尋常で自分のみではなく、他者をも納得させうる命題と言えたでしょう。しかし、それのみではまずいのです。家庭を描いてそれで満足していては大変な世紀が横付けしていることは自明だったのです。私達主婦は、ともすれば日陰の存在で、何かを語ろうとしてもその機会に決して恵まれてはいない。自分がみずから前に出て行く為には文筆経験と、その飽くなき積み重ねが不可欠だったのです。