サファイア・マン《緻密な男編》〔110〕伯母がどんなに和田家の跡取りである弟に配慮していたかそこを考えると伯母こそ大志の持ち主で、いわばシゲルちゃんは出来すぎた姪の夫なのです。シゲルちゃんにはもう何もしてあげなくともいい・・・くらいの気持ちでいたことも事実。それでも姪のキャロルには心を砕いて対処していました。弟とキャロルはオチコボレとして人生の大海原で漂流を余儀なくされてきた・・・そのことに伯母は敏感だった。そして姉のキャロルも弟のことは自分のことと同位に気に掛かっていて、彼が良くなることは自分が良くなるよりももっと素晴らしいことだとそう考えていた。父には妹ひとりと姉がふたりいて、二番目のこの姉は一番長生きでした。キャロルがオチコボレになったときに、こう提言してくれた恩師です。苦しいことや悲しいことを文章に表わして訴えてみるんだよ、それが本物なら世間が取り上げてくれる、ニセモノなら誰も動じないって。文学の力をもろに信じていたんですね、伯母の強い思いがなければキャロルは今日に至ってはいないでしょう。そして一万円騒動を今になってもシゲルちゃんに明かさないのは、言わないことによって彼が情報の迷子のままでいられることで、いつか天国で会ってもそのことは伯母に訊けない、彼が真人間の証しにもなる部分ですね。