ルビー・ウーマン《黎明編》〔3〕兄は頭脳明晰、母にとっては、憧れにも等しい存在でした。その一家を支えるはずの、兄が人生でただ一度、自分のワガママを通したことが、母のこころの中で、怨念のマグマになっていたのです。心底愛する女性が現れたから、是非ともこの女性と結婚したい、母ひとり、子ひとりの身の上である彼女、自分は教師を辞めて、キミももちろん一緒に連れて四人で上京したいと。脇田大佐の妻、キミのプライドがどうしても許さなかったのも道理でしょう。兄は初恋を選んで、やがて自衛隊へ。母が憂国のプリンスと慕い続けた兄、その兄からケツをまくられて、まだ、正気には戻れない自分自身に対峙していたのです。その兄が数学の教師をしていた長崎市の女学校に、父の妹ミチも、通っていたと聞くと、母は風雲急を告げる思いに駆られてしまうんですね。兄が、あの堅物の兄が、ケツをまくったように、いずれ、自分にも、遅かれ、早かれ、その日はやって来るに違いない、だとすれば・・・。美人三姉妹で名を馳せた、脇田家の長女は佐世保の名家へ、妹は、超美人であったため、製薬会社の若きエリートに見初められたのです。一緒にいた母だけは、その青木ダンスホールで、ついぞ見初められることはなく・・・。脇田大佐にそっくりなことが、ネックになっていたのです。えらが張り、がっちりしたツラ構えに浅黒い肌。両眼は、あの西郷どんも、たじろぐ程にでかい。これでは、男達が全員どん引きになるのは、想像に難くない。母は計画を練ります。社交ダンスの会場にまず、父を、連れて行って、どういう造作に出るかで、結婚出来る相手かどうかを決めようではないかと。結果ダメでした。ダンスを覚えようとする意欲なし。父は丸尾中学校に勤務。そこに、数年後、あの紅顔の美少年でかつ秀才の、長崎市の前市長である、故伊藤一長氏が入学してくるんですね♪クラスは違えど、教師冥利に尽きるとはこのことだよ・・・と父は今でも忘れていません。