サファイア・マン《緻密な男編》〔53〕キャロルは自分がボートに乗り損ねてまだ残念だったとしかその頃は思っていませんから母には話しません。しかし弟の事件が起こったときに、或いは母は勘付いていたかもわかりません。このまま、自分の血族の話をしないままでは、いつかどうすることも出来なくなるのでは?いっそ自分の口から話す?って。しかし母はこの時にも脇田大佐の話はしないでおくのです。海難に息子が巻き込まれ、海に呑まれるかもしれなかったのに、同様に海で戦死した自分の父の話には及ばない・・・。相当の決心が母にはあっただろうし、封印そのものがキャロルは今だからわかる。もしも自分でもそうしただろうと。それは生きることの意味がキャロルにもようやく分かってきたからです。母はキャロルよりも若いときにその気持ちを会得していた。開戦を決め出陣したということはこの国を混乱させたということ、それでも子供である自分が生かされている・・・この気持ちをどう表現していいのか、キャロルはまだ、母を語るには経験不足です。いかに脇田大佐の子弟が恵まれていたのかを、そして母がいかに真摯にこのことに対峙していたか・・・。脇田大佐を思うがゆえに封印をした可能性が高いですね。こういう母を持ったことキャロルは誇りに思います。