ルビー・ウーマンr351 負ける戦争とは解っていてものめり込んで行ったあの帝国陸海軍を思い出してしまう。しかしそれは、日本がまだ、負けた経験すら無かったからだし、父の場合は、市会議員選挙で惨敗しての県議会への鞍替え。矢上人の誰が考えても常識外れって立腹するところでしょう。しかし父親は涙を流して私が同朋〔艦むす〕で良かったって握手を求めてくる有様。私は今の昭和町長崎大学付属幼稚園前の通りにあった蕎麦屋を軸に動きを獲るのです。長大北門辺りから黒いシックな昭和町セブンイレブン、このあの辺りからずんずん奥へと入って行くのです。ポスター設置は父が自分でやったようで、選挙の七つ道具を筆頭に父の教え子である選挙の達人に習っていたことが、昔獲ったキネズカの効能を出していたのです。しかし私も矢上に棲んでないから涼しい顔をしていられたっていう傍観者思考はあって、自分でもズルいなっていうのはあったんです。母や弟は二度も同じ屋根の下でそれは大変だったろうって今は分かります。自分が矢上に戻ってきて21年が経過しようとして、母と弟の苦脳も、舐めた辛酸も、ある程度まで、理解出来る。なぜなら本人しか解らないっていうスタンス定義は本人と一緒にいるか、それとも二親等内でしょう。当時弟が蒙って、大激怒した恥じのスタンスに、私は姉として共感を今なら持ちうる。それだけのことに至るには家族の了解が絶対に不可欠だからです。