この前まで西宮に二男がいたせいで、なんか報徳も応援したくなるね?ってあいつが言ってくる。俺も同位だ。ニッポン人は常に絆や人情にホッとする一面があって、それがこの国を希望の国にしている。俺の気持ちはブラジルも同位だ。郷に入れば郷に従えで息子も色々大変だろうが毎日必死で働いていることだろう。俺はそれぞれがいい子供たちに育ってきていると感心するし、通知表でいうと全員が四に近まってきているとそう思う。しかし二十八歳で俺は肩書きを貰った。そこを思うと肩書きは確かにやる気にさせる一枚にはなるが本人を調子に乗らせる一枚にも匹敵で猛省する。仕事の出来ない人間に限って俺を嫌悪した。もっと彼らの心の襞に入り込み、励ましていくというやり方があったかも?と定年後、わかる。走っているときは注意されても到底無理だ。何を言うのか?くらいでしか受け止めることは不可能で逆を返せば、自分流でもそれだけの努力を踏んできた実績、実践があったから・・・。みんなと照らし合わせる時間も取らなかった。忖度がいいか悪いか、それは上への気配りだと思う。総合すると俺は肩書きがない時には全く忖度の対象にならず、肩書きを一枚持った時点で忖度の対象になった。デルスカイしておこう。悪魔の肩書きだ。