ルビー・ウーマン《黎明編》〔72〕昨夜の容子の開眼には目を見張るものがあったな?ええ、あれで、少しは理数系の凄さ、磐石さがあの娘にも理解ができたか?と。今までは理数系を軽く見積もってた?いいえ、苦手意識の殻の中に恐らくいたのでしょう、しかしあの学者、ノーベル賞を獲るだけのこころがあるなと感じたのは妻の期待に応えられないという自分を恥じたし、悩んだことでしょう。それはニッポンには中々観られない風景ではあるなあ?妻なんか、単なる御用達でしかないと男はなし崩しにする傾向が男社会にはあるが、あの映画はそういった意味で容子を深く感動させた。俊映のラベルを貼って大事に頭の格納庫に閉まった。なぜニッポンでは女性軽視が平然と行われてきたのだろう。わかりません、終戦後70年を迎えてもまだ、女の自立は表面だけで何も変ってはいない・・・。しかし女の方にも努力が欠けている一点も忽せに出来ない。俺も実はそこに着目しますね?結婚するには、ちゃんと家事が出来るというお墨付きが必要であると思うがどうかね?もちろんお墨付きは必要不可欠です、民間経由でもいいから、結婚合格のような機関による検定が是非とも必要ですよね、例えば、サシスセソお母さん、裁縫、躾、炊事、洗濯、掃除こういった基本中の基本〔キホキホ〕はカリクラム終了というような安心は要りますね~そうだな、今は詐取、縛り、スキャン、セックスノン、ソールで、家庭の金銭を妻がさい配しつつ、こころの奥底を縛りながら伴侶をあざとく操縦するというシステム自体、見るからに聞くからにわびしい・・・。わかる、そういった意味で容子は書くこと一筋で来たからまだ救われる。