他のセブンの動向を見るんも学習や

 

もみじ谷葬斎場にすぐ近い渕町セブンの動向は気になる。若い頃は父が渕中学校にいたことで、記憶の遺伝子が鳴る。うちが生まれた頃や。父はまだ34才で夢と希望に満ちていた。その父を私等、全く、お手本にすら、せんで来たんやな。父は思い込みが激しく、いい家にはそれなりの伝説があるを、譲らんかった。家紋重視論や。しかし、食べることや、カイモン好きなことで、うちらと、ぎりぎり付き合うことは出来た。やがて、父は浄土真宗を学習し陶酔した。うちらは、弟の側だけには立たん代わり、父一辺倒にも、立たず、伯母の立ち位置を死守した。男に生まれていたら、楽しみな人物やったと、亡き夫が伯母を褒めちぎっただけはある。女性に特別備わる直感と、男性並の気っ風(きっぷ)の良さが融合しとった。