三重県のお客様は次の赴任地はまだ決まらない

 案外よそから、来てる人が話易いときはある。私が、豊橋で三ヶ月くらい、滞在し、三重は近い。車がない生活だったことで、私等リタイアをして、また、長崎に舞い戻って来た。当時は長男、三男が豊橋に棲んでいたことで愛着はひとしおだった。今は長男は新城へ移住し、三男は長崎に帰って来た。日本の旧国道一号線を見た時は感動した。忘れない…私等、貧乏だけど、やっぱり、あっけらかんとして、不死身なんは言えてる。十年に一度、チャンスは6の付く年齢でやってくる。私は、76歳で、またビッグチャンスをゲットする。