みんなが持ってる

 様々なシーンの結集体がブログの本体と言える。たとえば300年後、想像をしてみよう。政府の記録には無いものが、ブログには記される。庶民の記録になる。どえらい方もブログを、書き留め、政府の記録と被ることも?それは当然あるかもしれない。キャロルを知る方々がこれから増えたとしても、キャロルが考えることは、すべて、はてなブログに歴史として残る。ええ?びっくりしない?そんな先まで残るの?皆はいぶかるだろうか?精魂込めて書かないといけない?皆がラフに書くべきだ。立派な文章?くそくらえだ。奇譚のない自由さがブログの真骨頂だ。