社会全体の足並みは一日ずつ進化している・・・と言ってもいいくらい変身を遂げていたし、私も忙しく立ち回る日々が続くかと思いきや、やはりまた園で、しでかしていたのです。自分がルールの中で押し込められている気がする・・・捉えようのない圧迫を感じると容子は発言します。そんなに厳しいルールなの?ってこっちが思う位、当たり前の社会、それはいわばカトリックでは通常路線ではないか?って。だったらついて行けることがもっともよい道。それなのにぶつかっている様子でいる。何か得体の知れないものと、あの子が闘っていることは確かだった。私はしかし規律をいう教員です。きっといつか慣れてくれるって前向きに希望を持ったんですが、窮屈を感じる・・・はずっと言っていたのです。出来れば、こうなりたい!!があったとしても私に聞く耳がなかったと言えます。今マスク社会になって人々はかなり両耳にストレスを抱えていると日常。これと同位です。教師は自分の子供の評判にはかなり過敏になります。むしろ・・・夫のように田舎で育成された方が、ざっくばらんでいいのかもって。私は気にし過ぎる!!って己を諫めると同時に、あの子の主張をある意味ないがしろにしてしまった・・・は言えるでしょう。子供との対話は何よりも優先だったのです。