ルビー・ウーマンr296 私は家まで歩いて帰ったこともあるのです。これを言えば皆も一瞬えええ?って言うだろう。それは酷だし、そこまで言う必要が?とも思いましたが私の脚力が母とは違う!!って自信を持って断言出来るのもそういう鍛錬を経験したからです。店からというと思案橋からです。家は丸善団地テッペンです。途中で何台もタクシーは通過して行きます。なんでこんなに辛い??とは全然思わなかったあの頃。むしろかけがいのない経験では?と自分を律する何かを禁じえず、その頃は保育園に預けるお金にも不自由して、家でお守を旦那にさせていたのです。保育園は最後まで続行したかったけどそうは問屋は卸さない事情があって二年目で頓挫したのです。自分にはお金に縁がないって思って半ば諦めている人々には朗報になるでしょう。上には上はいた!!っていう、ダケジャナイ発見です。私は今、自分の脚力が前よりも速く機敏になったことを痛感し嬉しい悲鳴に押される。っというのもいい映像をゲットしたいがためにサッサカ歩く癖が身に付いた。信じられないことですが、肥ることと機敏は関係ありません。肥っていても身のこなしが問題なのです。そしてここにも符合があることに驚愕します。私のその時の住所が62の100。実はこれ62歳から100歳までの何年間、西嶌姫瑠は生きることが出来るか?の数値だったのです。