イエローダイヤ・マン《標榜編》〔127〕ゲーム後その得点を数え勝敗を決める段階で俺たちはまずスルーをやらかした。配点だ。十は10点、十一は15点、十二は20点、十三は25点、そしてエースは30点~この配分が生きなかったのだ。ただ単に全体の枚数で勝敗を決めた俺たち・・・。浸透していなかったゲームの採点と俺は言い切れない何かは残っていて、このババこそが50点配点なことを知る。そのとき、姉がいったわけではない。俺たちは枚数で戦争の勝敗を決めて終わったからだ。しかしきちんと持ち札を吟味し、各人が申告すれば勝敗そのものが変わっていたろう。俺たちはランダムかつ、アバウトだった。厳密にいえばノータリンだったのだ。しかし今はもう違ったスタンスにいる。いつでもババは世界に君臨し相当分の成果を挙げて俺たちの前に立ちはだかってくるだろう。しかしトランプ箱にババは二枚が普通。それ以上は入っていることはまずはない。そこで自己安堵する。俺は姉のようにいきなりババを入れて攻勢を掛けていくようなことをやらない。根が純情なのだろう。そして評論家たちのいい加減さ・・・ここが鼻につく。アメリカがトランプで来るならニッポンは花札で?なんという世間知らずだろう。こういう輩はジョークでしかない。