イエローダイヤ・マン《標榜編》〔114〕俺は三匹目のどじょうがいるかも?と思ってまたあの番組を観てしまう。フルタチさんだ。それにしてもフルイチさんと一字違いで俺はフルタチさんの年代層がいかに政治に関与するかで、随分世の中の照度も明るくなるとそう期待する。彼のスピード感ある語彙能力と言葉センスだ。この才能の塊のような男性のコピーが俺たちの世代に果たしているだろうか?バンキシャに古市氏が出ていて俺は比較検証したのだった。古市氏は今のところ学者の域を出ていない。とうとう出るか!?というときに、何かキッカケになる洗礼のようなものが必要と見て取れた。それに比べてフルタチさんが完成品格なのはいうまでもなくその才能の座布団に深々と座って俺は考えた。このフジテレビという電波会社の志向だ。せっかく個々はいいものを持っていてもフジの体質には古式床式面々がまだ存在していて、とんでもない風情で画面に登場して男の言い分を言いカマス。そういった古びたカマスが多いのだ。俺の中で新時代を切り開く兆候をこのフルタチさんに感じその後を継ぐのはフルイチさんという確約が成立する。もしもこのニッポンで、この二人が不在なら民主主義は絶えていくしかないのだ。そう言わしめる風格のある一字違いの比較検証だ。