家の中でいじめに遭っているような境遇の俺だがショッピングが大好きなことで、難を逃れている。そんなに落ち込まないのだ。兵糧攻めに遭ったときの為に男が必ず備蓄しておくべきものを俺が教えよう。お金はあてにならない。攻められて買うのではなく普段から押入れに準備しておくと助かる。まず乾パンがある。しかしこれも滅多に見なくなり俺は別のもので備蓄して久しい。AKBックリマンチョコでこれは結構腹が太る。チョコ仕立てになっていて、それがあれば苦しい空腹にも耐えられる。世の中はAKBにしか出来ないことも多いからだ。それとさんまの缶詰で十缶は用意しておきたい。これがあればなんとか凌げる。それと食パンも揃えたいがこれは傷むので出来ればビスコのような菓子類が役に立つ。そして果物ナイフだ。俺はいつも庭の柿が落ちるたびに数を数えているくらい柿が好きで、落ちるのが多いときは成るものの数も期待出来る。そのとき果物ナイフがないと話にならない。最後は魚肉ソーセージだ。これがあると生きているという実感も湧いてきてリーズナブルな感性になってくる。俺の体重は41キロまで落ちていてもこの魚肉が凌いでくれているのだ。デルスカイしておこう~肉布団の替わりは野菜コロッケもいいぞ☆ミ

イエローダイヤ・マン《標榜編》〔252〕俺の足は標準くらいで、俊足の親友のタイムよりも五十メートルで、確実に一秒は遅くて、リレーのときの彼は常にスターだった。三位でバトンをもらっても結果一位。五位でもらっても結局一位。そこで俺は思ったのだ。得意を身に付けてしかもそれをみんなの前でアピール出来る素地が与える印象が不可欠でそういったものを俺も会得するべきだ!!と。例えばスペイン語ポルトガル語、そしてフランス語。この中のひとつでも英語と同位にしゃべれるようなら勝ち組になれる!!俺はつい最近、ポルトガルの位置を知った。どんなに探しても地図帳にない。・・・ないはずだ。スペインの何分の一しかないけれどそれは確実にブラジルを発見出来る位置にあって怖れ慄いた。俺たちのニッポンにもそういうのはあるかもしれない。九州を発見すらしていない本州だし、北海道を発見してもいない山陰だろう。俺たちがこのチグハグな感性を悔い改め、本当の船出に準備万端になったときこそが世界各国が必要とするジャパ・ニーズの出航だろう。かつて誰もが金に輝く国だと信じたように、ニッポンの上昇はそこからしか始まりをみない。ゴールドとはジュエリーを擁する処の感性だろう。いつ果てるとも知れない政治よりも至極磐石なものと言える。

ルビー・ウーマン《ジーニアース編》〔199〕父よりも九歳下の妹が同じ屋根の下にいたことでキャロルは短歌・・・というものと出会います。詩でもなく文章でもなく俳句でもなさそうだ・・・。どういうものだろうと興味を持ち叔母のいる一階の襖をそ~っと開けます。まだタヤも生きている頃で、それをすることで騒々しくなることを怖れタヤが畑に行ったことを見越して叔母に声を掛けたのです。叔母と母は若いときに茶道教室で出逢ってそのときに父を紹介されたのが結婚のキッカケというのに、結婚してから母は妹美知に声を掛けること自体がなくなって、きっと寂しい思いをつのらせていたに違いなく母のつっけんどんをキャロルは謝るまではしないけどその替わりのように親睦を込めて近付いたのです。叔母は最も興味があるのは茶道で次がお花、そしてやっと三番目に来るのが短歌だと話してくれるのです。恋愛の経験など話すことはなく、毎日を、習い事の芸域を深め昇華することで精進している女性なのか・・・と。しかし推量で人は決められず、言わないだけで燃えるような恋を経験しているのかも?しかし気を遣い接していました。色白で、上品で、いつも身のこなしが美しいのです。世を導く信頼に値する女性の美学をわきまえているようでこころ騒然としたものです。

なぜ走らないのか!?と二塁にいるグレゴリウスをキャロルはもったいなく思う。なぜならクローザーのキンブレルがあの独特の構えに入っているのだ・・・すぐさま投げたとしても足の速いグレゴリウスなら三塁まで間に合うはず。きっとキンブレルの背中に目があることを信じているのだろう。確かにキンブレルは何回もその構えを止めて違うフォームにしてみたり、また何度もその構えにし直したり、そこでの対応が随時変わって、それだからこそ、隙はあったのだ。グレゴリウスは持ち前の足になぜ賭けなかったんだろう。ダメモトで走ってよかった。すごすごと負けるよりももっと有効なキンブレル対案を誇示出来ただろう。なぜならこのことは、他の球団の打者にも刺激&作戦を与えるからなのだ。ほなあ大リーグ戦竜お願いします。背中に目 あると思えば 動けない・・・☆背中に目が付いていると思わせるキンブレルの示唆作戦にはなから屈している証明なんだ☆

次投げると七十七球・・・という前だった。クリス・セールが丹念に自分の靴紐を結び直すのだ。そしてツーナッシング。これは2球ストライクで相手を追い込んでいる数字・・・。このときに誰が想像しただろうか。クルス・セールの十二勝を誰もが信じていたし、一点差も守りきることが出来る!!とそう確信した。しかし結果は?クリス・セールに八回まで三人討ち取るまでいかせるべきだったのか?そうして九回のみ運用すべきキムブレルだったのか?それは後のまつりなのだろうか。それよりももっと大事なのがこの靴紐を結び直したことだ。彼は勝てる予感をこの靴紐を結び直すことで強固にしたかったのだろう。ほなあ大佐、喜一郎定食お願いします。靴紐を 結び直して ツーナッシング☆奪三振王のクリス・セールに今の処勝てる者はないらしい☆

今日六十一歳を迎えたあいつにおめでとう!!といったら私59歳だからと逃げられた。来年は五十八で、その次の年は五十七歳になるという。なんでやねん!!って俺はあいつを問い質す。理由は観覧車だ。最高の高さが六十メートルと設定していて、六十メートルが六十歳と計算していて、それから徐々に下がっていく。0メートルに戻ったときが死ぬときだろう。観覧車を人生として捉える方法こそ女性にとっては都合はいいのだろう。何しろ毎年若くなっていくのだ。ずるいようだが、最高の高さを六十とした点はわかる。なぜなら120歳以上生きる人はいないからだ。デルスカイしておこう。観覧車ブログーポンだ!!☆このブログーポンを出して読める人は長寿・・・しかも実のある人生を送れる☆

イエローダイヤ・マン《標榜編》〔251〕俺も親孝行の真似事のようなことをしたくなったし、三十二歳になったからだろう。まだ、三十代前半ではあるもののじき三十五歳はやってくる。普段から両親とのパートナーシップを発揮している方とはとても言えず母の日も何も贈らなかった。もちろん父の日にも・・・。こういった非礼はよくないんじゃないか?と自身に問い掛けるようになったのも若者ではなくなった証明かもしれずほろ苦いのだ。やはり父の日やバースデイに宅急便か通れば自分のうちかも?と親は期待する。バースデイだったらなおのことだろう。肩透かしをずっと与えてきた俺だが、ほっともっとの鰻の予約の紙を見て心が充満したのだった。鰻だけの分と、エビフライが付いたのが選べる・・・やっぱり親父なら鰻のみがいいだろう。結構目がないし鰻は好物なのだ。それで俺はこう考えた。俺がこの山陰で注文して九州城南区にいる父が近いほっともっとで受け取れる!!こういったサービスがあればなあって目を細める。母にだってこれなら贈れる。母が今最も欲しいのは意外にも冷凍食品としてデビューしたリンガーハットの餃子や皿うどんやちゃんぽん!!それをもしも店頭で母がすんなり貰えたらどんなに喜ぶだろうか、九州ドラモリでの話になる。