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 結局は僕の祈念したように、僕の遺したお金が息子たちに分配されていく。これを見ても容子が守銭奴隷ではない証明かもな?って。なぜなら確かに生前贈与みたいな形で生活費をボーンと受領したものの全部が子供や孫の為に出て行くっていう形に自然になっていること、それが現している。僕達の為に容子は今日からキャロルという名前に変わった。アメリカ名を獲ったのだ。容子も存分に好きだし姫瑠もいいがあえて、キャロルを獲った。昨日観た映画の感動がそうさせたのだろう。観客の目の前でプロポーズして遂に二人は結婚をステージで報告する。抱き合う。この映画のいいところは僕にも分かる。日本的ではないかもしれない。しかしここがアメリカ人の良さだろう。高く抱き上げるミュージシャンの喜びが僕にも充分伝わった。ならなぜ??ってみんなもそこを思わないだろうか?それまで40回も断ってきた同じミュージシャンである女性の意地っ張りだ。並大抵ではない本心隠しだろう。僕はこの映画を見てアメリカの女性が益々好きになる。好きなのに断る。何回でもそうする。ここには人類の女性共通の秘密が隠される。日本女性もそうなのでは?って類推する。余りに過激な男だからだ。才能で人を傷付けてしまいそうな怖さがある。精神的な脆さもある。一緒に行くには勇気の要る危うさ・・・芸術家を理解しようと思うなら絶対に外せないウォーク・ザ・ラインだろう。