家庭の中での思想情報が、セカイ中に開襟が開かれるなど、地球規模ハイテク時代、こういった発明を我々は想像だにしなかったし、俺がこの経済界退場を余儀なくされたのも実は、パソコンが出来ないという事実が重くのしかかったことも本当なのだ。俺は家にいながら応募した。市民パソコン教室。しかし、こういうまどろっこしいことが、嫌になる。覚えられないという現実と相まって、俺は諦める。努力はしようとしたのだ。しかし習うことを捨てた。俺は、とある経営者が、自分はメールで会社全体の運営を賄っていますと発言するのを聞く。がっかりする。そういう時代にニッポンは変りつつあったし、今はほとんどがそうだろう。悪いが、俺の手法はそうではない。面と向って相手に物申す派だ。メールですべてを賄えるような企業なら先は細い。家庭だってそうだ。相手にじかに向き合うことなしで家庭生活は納まらない。