今朝の日溜り日記は・・・物故者となぜ?明記あるのか?それと不明者。必ず同窓会の名簿を手に取るとき気になって仕方ないのが物故者。それにキャロルの幼馴染のチカがいつも記載されてて気になる。でも不明の方で少しは気持ちが楽になるんだ。よく遊んだんだ。上田ノ浦〔かみたのうら〕下田ノ浦〔しもたのうら〕っていうどっちにもキャロルは毎日のように遊びに行ってた。このチカちゃんちはその頃の豪邸でなんと洋楽のレコードもあって、ラブソファーのようなものも・・・。キャロルは田舎成金のような出で立ちに驚愕するんだ。ダンスミュージックをかけてチカとダンスしながら将来を語ったんだ。小学校三年とか四年の頃ってね、キャロルは他の家の家族がどういう生活形態なのかを知りたくて、自分は友達を家に入れられないのに、ある時には相当奥地まで遊びに行って、遊べるはずのその子が、ずっと、30分以上、おばあちゃんの肩をたたいてて、その挙げ句、手伝いせんばけん遊ばれんって打ち明けてくる。帰りは散々さ。転んだり、道に迷ったり・・・。でもね、行きはよいよい、帰りは怖いっていうあのニッポン語の意地悪でシビアな現実が身に沁みたってことが幸いだった。つまり、人生の途中までは引率者はいるけど、帰り、ユータウン、ターニングポイントの後なんだよね?人生の真価を発揮出来る人になるには、そういった苦しみをある程度覚悟して、実際堪えうる人でないと無理なんだ。今の子供たちは、本物の試練を味わうっていう場面がない、これは、練習帳みたいに義務教育のどこかで実地訓練をやるというカリキュラムもこれからは必須になるんだ。