フランスの大統領が決定というこの絶妙のタイミングで仮面の男という映画を観てますますビンビンになる。世界を幸福にするだろう感性。そしてその吟味。双子の牢獄に入れられた方の感性の方が美しくて、それまで王だった彼の素行はメチャクチャ。これは何だろう・・・同じ母から生まれているのにだ・・・。感性がいつ醸成し、情操がいつ結果を生むのか、そういったリアリティが隈なく描いてあって頼もしい映画・・・。キャロルも昔ならこう思った口だ。三時のおやつの紅茶とショートケーキを食っていた人間の方が食い意地は張ってなくて気品もあって良好だと。しかし今は違う。逆境の中で育ってきた人材の方が或いは美しいのかも?って。この映画はそういった意味でも一石を投じた名画になるだろう。フランスがこの映画から学ぶことがあり過ぎるからだ。もてるビジネスマンの法則・・・苦しいから逆境になるわけではない、人々の悪意に揉まれた逆境も存在する

俺が子供の頃母がなくなって母を入れたのは土葬形式のときに使用される大きな筒で人が入るようなつぼ型だった。時代劇でよく出てくる。座らせるように入れてしかもそれをよく覚えているのも俺が九歳だったからで、初めて死の儀式と直面して恐ろしかった。怖さが悲しさより先に立った例だったろう。兄がいて姉三人いたことが俺を支えてくれていたし、俺が一回まだ、キャロルと一緒になる前だったが兄弟の子供の結婚式を忘れてしまって行けなかったとき、兄はコテンパンに俺を叱った。あのことが昨日のように蘇る。俺は本当に行くつもりではがきも投函。それなのにドワスレしていて、起きて気がつく。もう間に合うはずもなく兄から電話がバンバンかかってきて、今でも会うとその時のことを長々説教だ。嫌な気持ちは全然しない。逆に嬉しいくらいだ。今はそういった兄弟間の繋がりが薄れてきていて、俺たちの時代にはあったかけがいのないこういった一幕が貴重になっている。このことだけは言っておきたい。俺の凱旋がなくなっても兄弟仁義は死なない。デルスカイしておこう、結婚式のドワスレだけはするな!!

イエローダイヤ・マン《標榜編》〔190〕しかし困ったことも起こっている。実は高菜弁当に二個付くとり天を俺は食えない。一ヶ月に換算すると六十個ほど備蓄が入る。とても棄てられない性情の俺で何だかくやしい気持ちになる。もしもこれが魚フライだったら?二個が一個になってもその方がいい。しかしやたらめったらとり天フェアで、顧客のこういったニーズわかってくれたらな?って。確かに意見があったらいつでも投書は出来る。それ専用のハガキが用意してあるからだ。ここで俺はダイレクトに思考する。これは推定だが、とり天が毎日欲しい人がいれば交換が出来るということだ。俺が欲しいのは魚フライ。先方にそれが余ってとり天が要るのならバーター取引は成立でこういった賞味期限が近い商品の売り買いはまだこの国ではほぼなく、これらの境涯的スタート地点にいることも達観出来る。ほっともっとが敷くターゲット層に明らかに俺はいて独身若者男性お一人様、しかし俺はとり天をヒトクチも食えないのだ。しかしそれならなぜ?ってみんなが想うのはこの一点だろう。俺は高菜の醤油加減が大好きでそれに嵌っているのだ。ちなみにとり天も冷凍ストックしている。酒好きの友達が来ればすぐ取り出して揚げていいからだ。・き・としてこうなる。嫌いなのか、きらい〔傾向〕なのかを嗅ぎ分けろ!!

サファイア・マン《かけがいのない男編》〔134〕膨大な時間がそこにあっても運用方法を知らなければ一切関わることは出来ないでしょう。その頃のキャロがそうでした。時間の大事さは承知しながらただ憶測のように時だけが過ぎていく・・・そういった焦りの中にあって、話す相手が彼しかいないことで、自然と内向きになっていったのです。しかしそれでも子供達は数々の接点を稼いでくれるのです。ゾンビ映画に感動したのも同位でした。気持ち悪いけど、そこに真実が宿っていることを彼らは見逃さずゾンビのしたたかさやコミカルさにも照準を合わせやがては・・・ゾンビだって生きている人間の創出したものであることに生き付く・・・この推移こそは起爆剤でした。そしてホームレスに関しても子供達は大きな問題点を総括しつつ論議するのです。世の中にはどうして、こういった人種差別のようなことが現象化している?なぜそれを止められない?キャロは戸惑います。そこまで考えるのが子供達なのか?自分の子供達がズバ抜けているわけがなくキャロルは社会派の入り口に否が応にも立たされている不如意を禁じ得ない。ここまで父が言論したことがあったろうか?世の中からホームレスを無くしたいなど言ったことがあったろうか?心の中は騒然としてしまうのです。

シモンズもいいんだけど、カーショーって人、何だかこっちに向ってくるような臨場感があるって、娘がこの人独身?って訊いて来る。確かにどうだろうか、調べたことがない。既婚か独身か余り昨今気にしないタイプのキャロルだ。しかしそれでもガックリ来たのは、デグロム投手のときで、独身だとばかり想ってた。それがわかったとき、ファンをやめたい!!と咄嗟に想うがやはり今も大好きだ。このまま頑張ってもらいたいな!!って素直に想うし、実は前田投手がメジャーに来たときキャロルは既婚者だとは知らず、この時も実はガックリ来た。男は独身の方が花があるし、見栄えがする。いいことあってもそれは伴侶の努力の賜物とかイイコトを持っていかれるのがキャロル自身は口惜しいのだ。だから息子達の独身宣言は最近、嬉しい誤算~だってね、ここまで孫の世話が大変だとは・・・クククゥ~~ほな大リーグ戦竜お願いします。エースでも 食わず嫌いだ クゥワーズフィールド〔標高1600メートルのこの球場でノーヒットノーランを成し遂げた野茂投手を実は世界中の投手がみんな追い駆けているはずなんだ〕

素人から辞世の句を募集しそれが一冊の本になっていて、この本を孫が毎日手にとって遊ぶ。お絵描きをしたり、或いは丁重に読む振りをしたりで、今カワイサ真っ盛りという一歳八ヶ月の坊やだ。まだ、ばあやが歌人だとは知らない。キャロルを祖母として生まれてくるなど、地球上で何億分の一の確率だろう・・・。しかも両方マスカケの百握り、それ相当の将来が見えてくる。この孫はラッキーパーソン!!将来磐石はばあやであるキャロルに委ねられて責任も重い。その俳句とは忖度を入れたもので作者は今百歳近い。忖度を二十年前から視野に入れていたという時点で凄いし、自分も忖度の入った短歌をしたためたくなる・・・この投稿句が起爆剤になったのだ。著作権関係上、上の二句だけ紹介しとこう。忖度の こころに馴染めず ・・・・ほなあアメリカ幕の内お願いします。忖度の 数値がゼロの 扱いに 涙も枯れ果て ティアラとなるかな☆私はこの国に於いて乞食以下に扱われてきました、しかしそういった態度で相手がいたからこそ、今が映るんです♪ティアにティアラが架かる☆

俺の凱旋ことオレガイが戦力外通知を言い渡される・・・。ショックだが今すぐではない。大リーグが終わって五投目としてピーパーウーマンが毎日になっていく、その時だろうか?と想っていたが、来季大リーグが始まるとき・・・そこだろう。俺の凱旋オレガイはその辺で無くなるようだ。そこまで余命を言い渡されたのもわかるような気がする。毎日の俺の言動が大衆に効果がないと見切った彼女が決意に及んだということだ。俺の観念や作法が新世紀にふさわしくはない・・・そこがバレバレになった暁かもしれない。しかしもしかしたら万が一、俺の出番は残されるかもしれず淡い期待として想うしかない。この奇跡、呼び込むことは途轍もなく難しいかもしれない。ニッポン男子の気概をあいつはちゃんとその後も伝えてくれるのだろうか、それとも・・・なし崩しだろうか?今だから言える俺の本音わ~許せない!!だ。デルスカイしておこう、手取り足取りはいずれ終了する運命、必勝のゼンゴ策が要る。