読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

イエローダイヤ・マン《標榜編》〔125〕震災が東北を襲ったその日、俺はまだ不動産屋に勤務していた。俺はおもに退去になる家にカギを取りに行く担当で、退去するにあたって、それぞれの人間の出方をその当時興味深く観察していた。まだどの道に自分が進むべきかわからない頃、将来が定まらなかった頃ゆえに逆に、柔軟性溢れる視座を持っていたことにハっとする。今のような固定的概念ではなく、いつも学ぶ、学べる姿勢にあったといえる。鍵を不動産に返さず、台所の引き出しに入れておく・・・といった人間も結構いて当時を思い出す。本当にあるのか?それともハッタリなのか・・・記念にカギを持っていく輩もいて至極難儀だった。カギを店に持って帰ることが俺の最大公約数で、最小公倍数並のハラハラが常にあった。実は女性問題でこの事務所を辞めることとあいなった。恥ずかしい話だがある顧客に自分のアドレスを教えてしまう。家のことで不備が起こったらいつでも相談して下さい!っていう積もりはいつか大きく進展し、個人用アドレスを教えてしまうのだ。俺より四つ下の専門学校生二十歳だった。その彼女とメール交換しているうちに相手が大きく俺を跨いできた?違うのだ。俺たちの社がずば抜けていた。個人のメールを月一だが監視していたのだ。それはある取り組みの前哨戦でテストだった。しかし俺にはそれが許せなかった。