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サファイア・マン《緻密な男編》〔125〕帰り際、病室から去っていく母の後ろ姿をみながら当時は及びもつかなかった背景を年代感覚で追っていきましょう。母は1938年どういう生活をしていたのか?お手伝いさんがいて、まだ戦争も始まっておらず、様々な衝突はあるものの真珠湾攻撃の前・・・母の生活は子女の生活に近かったと思うのです。中佐の父とそして兄姉、妹と自分。そして西暦1988年度、五十年経ってどう変わったでしょう。母はもはやどこの馬の骨かもわからない域まで落ちてしまっている。しかしこの趨勢を見るときに気が付かされるのは、どんなに時代が反転しても女性は一定の尊厳を自分で確保しているという事実。何だか勇気を貰えるし、中佐の時代が長かった脇田大佐の気持ちも同時に伝わってきます。偉くなっていくということは自分が率先して死ぬということだが、それを三人の娘たちに教えたり酷使はしなかったという背景で、そのやり方が逆に母を雄雄しくしていったという実景で、何しろ人様に頭を下げたことの無かった母がどこで、自分のプライドを温存していったのかその背景をやっとキャロル六十にして読み取るのです。母の年代をこうして超えることで見えて来た視野。この1938年の五年後、シゲルちゃんは生まれ貧乏の時代を過ごす。食い物にありつけずひもじい気持ちが一日の大半を占めるのです。どんなに歴史を呪ったことでしょう。