サファイア・マン

 仲良い夫婦に見られ、熱々路線を闊歩していても、ひとりになっていたい願望は消えない。一時間でもいい。ひとりになり、瞑想する時間…恐らくそれはお互いにある。妻にも、それを欲する瞬間はあると僕は確信している。夫婦は同じ鞘にあるとみんな思う。しかし、昨今は別居をしながら、結婚の形態を維持する夫婦はある。ひとりか?それともワンペア?ふたりで、喫茶店に行き、おしゃべりをしながら、今どきの情報を聞いて、わくわくする。しかし、それはそれで、横に置いて、僕は新しい思索を構築していたい。貴重な妻の意見ももちろん為になる。しかし、夫婦だから、その構想が新しくは見えない瞬間も掴んでいる。新しいとはどういうカラクリ?誰も知らない事実なら意味はある。