アクアマリン・マン

 両親を亡くし、伴侶の僕も亡くしたあたりからだろう。ようやく、自立の芽が出て来た容子だろう。周囲はどんな思いで容子を、支えて来たのか?その真意さえ、汲み取り得なかった容子…一番きつかったのは、2013年の伯母の死去だろう。それまでに、作家として自立を勝ち取る姿を見せたいあやつだったろう。しかし、いまだかつてない(いまだ勝ってないが懸る)運気に容子は包囲されている。自立を考えなかったら、到底、湧き出ては来ない運気である。最も容子に足りないものは、自立心だと思う。しかも、足りないを今、ここで、過去形にしてもいい位、僕には確信が持てている。