ブラックオニキス・マン200

 物事には3つの深度がある。1つ目は上辺(うわべ)から見ての感じ

。次は少し中へ及ぶ中核。それは仲が進んだ証明でもある。3つ目はいきなり仲良しになる直感的進展。この中で一番僕たちが使っているのが一番目の上辺の付き合いだ。そこから少し中まで見せてもいいっていうのが家族の関係。3つ目は日常は起こらない確率は高い。運命の出会いと呼ばれるもの・・・望んでいたのは3つ目の願いであり関係だろう。しかし、日常は冷酷だった。果てしない時間は流れ去って行った。押し戻そうとしても無理・・・引き返せもしない。僕らは宇宙の会社にとらばーゆした会社員のように積極的に振り出しに戻っている。新鮮なこの違和感こそが日本の真実だろう。たくさんの人々が通り過ぎて行き、誰一人、母を見ようともしなかった。僕だってそれでいいとさえ、思っている。時間を取り戻せないように母はいつしかイメージ浸透を開始していた。その目論見を誰が想像しえただろうか。誰一人、想像していなかったことに介入していくのがこの国の模範的な母親なのかもしれない。あとに続く者は皆無だ。だからこそ価値もある。やばくね??僕の200回記念は母に捧げたい。