西🏝姫瑠のアディショナルタイム(209)

 

隣の部屋にテレビはあるのに家族はそれを見ることすら許さない。それは病がさせているからあたしも強く出れない。高校まで、そして情報ビジネス専門学校に行っているときもこの病が出たことはないが、妊娠して、出産して、状況は悪くなった。おまけに人が子供を触るのもダメで、例えば昨日の夜ふくの湯にシャンプーに行ったが、肝心のものを忘れてセブンイレブン渕町店に入って自分で買ってふくの湯に登った。実はその前に千歳のセブンイレブンに寄ったんだけど、あたしが先に入店してしまったことで、その店が使えなくなったのだ。あたしは不潔。。。っていうイメージがあって、それはあたしに次のような癖があったからだ。落ちているものを拾う癖・・・一番まっ先に拾ったのは、熊本時代でまだ、あたしは30代の後半くらいでゴミステーションに捨ててあったコミックを見て将来これ、売れるんじゃない?っていう示唆をもらい、読んでみたら?って来たので家に持って帰る。しかし子どもたちに全部取られて、自分がとうとう読めずじまい。ジョジョの奇妙な冒険だ。こうして自分は人が捨てた品物は拾ってもバチは当たらないっていう観念を亡くなった旦那との結婚生活で、構築していった。貧乏ではなくむしろ夫がそういう人だったことは言える。ゴミステーションに捨ててあった除臭機を見つけてあの細い体で、持って帰って来たときはあたしは怒るのも可哀想で歓待したくらいだ。しかし壊れていることがすぐ分かった。以前から臭いを除外する機械を待ってた三男が使用してみて判明したのだ。その頃はタバコを吸ってたので部屋の臭いを少しでも省きたかったのだろう。夫が使えるとそう踏んで重たい機器を持って帰ったように、彼は節約家でも、守銭奴の部位を持つことはみんなも知っておきたい。戦中に生まれているから独特のオーラがあるので学習する意味がある。今は時代が変わってそういう電気製品をそのまま捨てる光景は見ない。しかし深い論議はそこに埋まっている。人は捨てたものに、権利を言うことが出来るのか?コンビニ廃棄の問題に深く絡んで来る。