デニム・ブルーママン17の20

 このデニム・ブルーは21編をひとつの括りでまとめ上げています。21ずつ・・・っていうのはそれが一瞬で頭に閃いたからです。17歳という年齢とちょうど17という数字が合致でこれからずっとこの速さで進むのか?っていうとそれはないです。18,そして19はすぐ過ぎていくでしょう。十代の頃を厚く持ってきたのもこの時代の発奮や影響を重視しているからです。幼いときの哀しみやそして喜びをひとつずつ書いているのもひとつひとつに意味が籠もるからです。幼いとき、事件を起こしたゆえのちゃんとした人間にならなきゃあ!!っていう自分への強い強制や発奮が容子にあったことは外せない。どこかで並の人間の総体とは果たしてなんだ?を容子は模索していた可能性が高い。いずれにしても勉学のことで遅れを取り、みんなとは違うコースを行くことが恥ずかしいのなら、もっと勉学に真剣になれなかったのか?はあるでしょう。各人が疑問符を持って見ていることがとても大事でそこに対する答えもあるのでしょう。計算では割り切れないものを小数点まで追いながら吟味を重ねる。その工程でいいでしょう。科学と文学は全く関係なく見えますが、両者が密接に関連しています。

なんの関係もないようなことが深くつながっている。並になることがこれほど、難儀なことなのか?果たして凡人とはいかなる者を指すのか?容子は自分をしばらくは凡人にすることで見えないものが見えると踏んだのです。