ある光景に遭遇し、一回、以前に見たようなそんな概念に囚われるのがデジャブであるのなら、その現象が何を要因としているのか・・・様々な研究が今日まで行われ、それでもまだ、澄み渡った結果を見てないのは、僕たちが違う概念を想像することに、苦手だったからではないのだろうか。例えば今日は僕の執筆はもうない・・っていう思い込み。今日また執筆したいと咄嗟にキーを叩いている。今朝バイトがなくて、しばらく仮眠していたときに、大きな構想の渦の中に放り込まれて僕は溺れないように必死で掴んでいた。ぶどう酒の樽だった。なぜ、こんなものが・・・って思うのもしかり。2日前からまた映画が見れるようになって、孫が学校がない今日は無理だけど、昨日とおとつい、すまほで映画を鑑賞出来るようになったことが今朝の変化を顕著に物語る。プロヴァンスが出て来た。あの映画で祖母イレーネを演じた女性が素晴らしくてなんていう女優さんか、あとで調べたい。僕のノンフィクションには、日本では過去になったものが突如として立ち上がってくる。過去として扱い慣れて、すでに決着の付いたものでさえ、堀り起こし可能にして行くゾクゾクなのだ。例えば芭蕉論がある。彼は川柳に向いていたし実際そうだった可能性が高い。なぜそれに気がついたか?添削を入れた。最上川の有名な句。彼が俳人なら、五月雨を あつめてにはならない。あくまで、束ねてだろう。僕はこれまで、過去にはそこまで縛られず、なるだけ、未来志向でいくメリットを尊重する主義だった。しかしちょっとした睡眠中に現れた壮大なストーリーの中に僕は居た。主人公ではないものの、トランポリンという役柄を頂きセリフもあった。その中で君臨するデジャブの王が、僕に、あることを提案してくる。宝石物語のトップを切り、日曜日に執筆を任されている僕に、白羽の矢を立てて来たのだ。白羽の矢の本当の意味を日本人ならほぼ知っている。しかし知らない国際人も多い。抜擢ではなく生贄だ。僕はこうして仮眠中にストーリーの全容を与えられて、これから世界を股に架けてゲームを展開し、プレイしていく手応えを感じている。今一番ドリンクに欠かせない二文字が免疫だ。物語にその免疫を盛り込む。まず英訳では?それは人類を覚醒させ、面白さをどこまでも追求出来るのみではなく、それぞれが今の生活をワンランクアップ出来るアップデート付き。乞うご期待のバージョンになる。