アクアマリン・マン152

 僕か俺かを相当遣い分けた僕。今思い返せば僕はあくまでも僕だった。それなのに男らしさをどこかで求められ、もう一回言い直したりした。僕は自分の母には俺と言えなどと教えてもらってはいない。劇画の世界だけだと思う。俺がカッコいいのは・・・しかし急激に相手がこっちへほこ先を向けて怒り出してくると、オレは容赦なく出て来た。この様相は暫くすると順路に戻る。やっぱり自分は僕なのだ。俺と言うには弱すぎた・・・。社会人になってソーシャル、オフィシャルマナーを身に付けてもまだまだ見劣りする僕だったし、どこで、自分が頭角を現せばいいやら、全く不案内だった。自分には何が最善なのか分かっていても、事実、俗にいう成功の道のりに関しては無頓着だったと言える。純粋ではあったかもしれない。しかし正義や純粋だけで、世の中を計ることは到底不可能。努力しかないと目星を入れて突っ走ってきたように思う。勤勉、努力、早寝早起き、朝ご飯と義理の父がしたためて来たときに、ようやく、僕の心に溜飲は下りた。容子はそういう観念のもと父親も育成はしたのだろう。この辺が僕を安堵させた。誰しも自分に運が向くことは願っても、中々真髄には気が付かないものだ。自分にとって今何が有益なのか?みんなが一致団結して行くとき、それぞれの長所は生かされる。否応なしに、それがまな板に乗ってじきにフュージョンはやってくる。山のてっぺんから雪解けの水がけたたましくも落ちてくるよう流れに乗ってそれらはやってくる。