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 私の63歳の七月三十一日がこんな形で目の前に現れるなんて・・・とても感慨深い。63歳近辺といえば、ちょうど私と母の年齢が二十六歳差がありましたから、母は宇部にPちゃんの転勤で家族で引っ越した夏の八月、そして私がその4ヶ月後に出産の時の十二月に宇部市を訪れています。この年は忙しかった・・・。その時に撮影した母の写真も大事にすまほ保管してある。母はその頃はまだ列車に乗れてしかも歩こうと思えば近距離は歩けた。しかし少しずつその距離も狭まって来ていたのです。近所のスーパーに行く役割も自分の夫や八歳上の義姉に任せています。近所に丸和や丸喜があっても中々母は歩くということをしません。私は12月20日過ぎて家に戻って来ます。福岡西中洲で出産したのでPちゃんが借用車で迎えに来てくれます。私にとっての最後の子供!!っていう覚悟はあってそこで女性にとっての執筆について深く考慮します。周囲は物をしたためることは大賛成で父も伯母ももちろん母も家にいながら仕事をしていくことの大事さを分かってくれます。この末子が生まれて産院から無事家に帰宅ししっかりとした視座でしたためていくことは貴重だとそう踏まえるのです。難かしいことではない。下敷きにあるのは子育てに於ける女性の観点でみんながそれぞれ自分の起点に立っているということ、セオリーも各人が持っています。私に様々なことが立ちはだかっていることは承知の上だったのです。