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 私も結婚が分からなくなっています。いいご縁とかいう根拠に立ち止まる自分がいる。私が個人主義を大事にしてきたからこそ、現在の境遇を得ていることは感謝すべきですが、取り零してしまったカテイジン【家庭人】としての落ち込にも、凄まじいものがあって、自分が捨ててきたものと、同位の悔恨も奥底には沈殿しているのです。こんなに人生が深いものだったなんて.....ただ、その間口の大きさに驚いているのです。もしも物をしたためて来なかったなら、私に存在は許されなかったでしょう。他の人との差別化、識別化が書くことと奏でること。いいことばかりではなかった。そして、それをしたためていいのか、悪いのか?詰まる所、必要はあるか、ないのかが、最近分かって来たのです。