Ss67

 日本が恐らく間違ったとすれば何かを昭和平成の二つの年号で読み説こう。これから新年号にいく時に僕は肝に銘じていたいと思う。むろんそれは各年号で突出するひとつ。それは違うと思うならこの先を読む必要もない。昭和はやはり、真珠湾攻撃に象徴される軍国主義の台頭で、戦後はイケイケどんどんの復興を成し遂げたとはいえ、まだまだ近隣諸国との融和で心底悩める日本だ。平成はやはり日銀の主体性なき政府誘導型が露呈するあられもない姿に尽きる。堕ちる処まで堕ちてしまった。安部総理も三期をめどに政権を離れるという。本来なら彼に託したかった経済改革だった。総理が辞めたあと、勃発するのは、誰が日銀を動かすのか?という問題。はっきり言おう。ここまで日銀を操った総理は歴史上皆無だ。それはいいことでは決してない。安部政権のお粗末さの究極になろう。今後明白にそれが現れる。経済失策の付けを全部受け容れ、果敢にも格闘しながら対処が出来る人間は限定される。これまでの常識を疑い、速やかに転換出来る大いなる器...。僕はまだ諦めてはいない。日銀にも火の輪をくぐりうる、たてがみのライオンはいるはずだ。