イエローダイヤ・マンy651 昭和をあえて了承の承と位置付けたのにも僕たちの祖先があの戦争をきちんと了承して、開戦してはいないということだ。しかし表面上は了承で、募るのはそういう不鮮明な開戦を許した国民にも責任があって、今、原爆を落とされた被害にばかり触れて回るのは道を誤る。大事なのはなぜ、遠いところに置かれた国民だったか?なぜ、そういう場所に追いやられてしまったのか?そしてもうひとつ控えている。国民には全く内緒で開戦したのにも関わらず前線へやられたことだ。最もきつい残酷な試練のある場所へ陸海軍以外の人々も徴兵された。国民に黙って開戦したにもお構いなしで、そういう策を執らざるをえなかった背景も歴史で学んで知ってはいるが、そういった国内に起った矛盾にも光を当てればもっと状況は変わってくるだろう。それとメディアの腐敗だ。この二点は重要で、むしろこれからまな板に挙げて論するべきは日本だけではない。どうすれば健全な言論社会が出来るのか?原爆よりももっと大事な争点が控えていると僕は思う。なぜ?どうして?ここがなければちっとも前へは進めない。僕は自分の考えはもしや痛烈かも?と思いはするものの正しい!!との自信に満ちている。何もこれまで、考えてこなかった訳ではないからだ。核兵器が悪いことは世界の誰もがすでに承知している。