ルビー・ウーマン《ロイヤル・ボックス編》〔243〕私のお気に入りの青のビロード貼りの椅子二脚とガラステーブルはピアノのある自宅一階の洋間に収まっていました。しかしまさかその椅子とテーブルが父の選挙の為に使われるなど、その時はまだ、想像もしていません。父は落ちこぼれになりそうな弟を傍目に、なぜか、四月に行われる市議会選挙に立候補することを腹で決めていて、ようちゃんにも相談してくるのです。長い間自民党員であった父には、すぐに公認が獲れるを聞き、ようちゃんは疑心暗鬼になるのです。父は確かに、私が幼い頃から、録音機を買い込んで自分の演説を記録する癖があった。しかし本当にそこまで、思いこんでいたとは青天の霹靂、ようちゃんはしかし黙って父のやる気満々の弁を聞くに留まっていたのです。弟のことが心配でたまらなかったのです。彼が成績不振で陸上部まで辞めていたことはその時は知らないんですが、顔色を見ればすぐ弟の気持ちくらいは察せます。自分が優等生なら無理だったかもしれません。同じ穴の狢だったからこそ、理解に及べたのです。そこでひとつ、大きな線引は生まれていたのです。弟は姉を見本としてこれまで生きてきて、辛酸を舐めていたということです。作家にとって、放浪はいつかは実になるけど、一般人にとっては、堕落でしかない。まだ、しかし、ようちゃんも弱冠23才。彼をどうにか出来る鞭撻力は無かったのです。